らくらく情報ひろば

横浜・港北発 ともに生きる仲間たちのチャリティバザー「らくらく市」とその参加団体の情報、地域の話題をお伝えします。
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子どもの差別いじめの原因はすべての大人にあり

またイヤなことを書かなければなりません。書かないではいられません。
福島第一原発事故で横浜市内に避難している中学生が小学生の時に同級生から「菌」などと呼ばれていじめられ、「賠償金もらってるんだろ」と言われて合計150万円も巻き上げられた、という、どうにもこうにもはらわたが煮えくり返るような事件が、被害者本人の手記の公表によって明らかにされました。

東日本大震災直後、同じような差別やいじめが頻発していました。当ブログにもそのことを書いていました。
参照:2011/4/22 風評被害、避難者差別、なぜ?(管理人の記)
その記事と同じことをまた書かなければなりません。書かないではいられません。

2011年4月22日の記事に書いたことをそのまま転記します。

子どもの世界では、いじめっ子はいじめるのに都合のよい口実をみつけては弱い子をいじめるものです。いじめられっ子だった私は、そう思っています。
しかし、大人が見て、完全に間違っているいじめの口実は、絶対にあります。
放射能がうつるなんて、絶対にあり得ないことなのですから、これはいじめという範疇を超えて、完璧な「いわれのない差別」なのです。絶対に許してはいけないと思います。
大人の責任です。


誤解のないように記しますが、教育長や市長が責任を感じて謝罪すればいい、という話ではありません。責任は現場の教員、加害者の保護者にもあります。
とくにこの事案は、明らかに恐喝事件です。警察は、被害者が自ら金を出したから事件性はなく「適切に処理した」と言っているのだそうです。何が適切なんですか!? 脅されたから親に黙って金を持ち出していたのではないですか? これがどうして事件でないと言えるのか、全く理解できません。加害者の保護者の責任が問われないことに全く納得できません。

そして、根源は大人の世界に蔓延する差別感情にあるのではないでしょうか。例えば津久井障がい者殺傷事件、在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチ、元フジテレビアナウンサーによる透析患者への批判、さらに米国次期大統領の言動などなど。

大人のすることを子どもたちは見ています。

もちろんこれを書いている私も、心しなければいけません。


2016年11月21日 らくらく情報ひろば管理人 記す

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障がいがあっても幸せです

10月13日の報道です。

ダウン症のある人「幸せに思う」90%以上
http://www.news24.jp/articles/2016/10/13/07343576.html

上記の内容は日本テレビ「ニュースエブリー」で放映されたようです。
「かれん」のホームページhttp://karen.or.jp/で、取材があったことが報告されています。
取材されたのはモアかれん利用者の森田さん。森田さんは自然食品のお店の仕事とともにアロマハンドケアも担当されていて、いつも笑顔でお客様に接しています。

日本テレビの報道によると、12歳以上のダウン症のある人852人の90%以上が、「毎日幸せに思う」「仕事をしていて満足な気持ちがある」と答えたとのことです。

ダウン症については、日本ダウン症協会のホームページhttp://www.jdss.or.jp/family/にあるQ&Aで知ることができます。

思えば、障がいのある人にもない人にも、幸せを感じている人、感じていない人は、同じくらいの比率でいるのではないでしょうか。
心身に障がいがあろうがなかろうが、みなそれぞれ「幸せ」「不幸せ」「生きやすさ」「生きにくさ」を感じているのだと思います。
もちろん、障がいのある人はない人に比べて生きて行く上での困難さがあるでしょう。しかし、だからと言って不幸だということには決してならないと思います。ヘレン・ケラーが述べ、乙武洋匡氏が引用した「障がいは不便だが不幸ではない」という言葉を思い出します。
そう思う一方で、近年の自己責任を強いる政策や社会の風潮は、障がいのある人たちにとってより強く生きにくさを感じさせているかもしれません。

障がい者は生きていても意味がない、社会の不幸を生み出している、だから殺してしまえなどと考える津久井殺傷事件の容疑者、さらに、糖尿病患者や透析処置を必要とする人を自堕落と決めつけて、殺してしまえなどとネット上で放言した、過激な自己責任論者のフリーアナウンサーは、政策や社会風潮によって生成した病原体に感染してしまっているのかもしれません。彼らこそ不幸だと思えてなりません。

2016年10月19日 管理人記

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「いい一日でしたか」

台風9号が接近中の8月22日、毎日新聞朝刊の1面コラム「余録」になじみの名前が載っていました。緑区の作業所「ぷかぷか」の代表である高崎明さん。私は「かれん応援団」の活動でお会いしたことがあります。パンづくりやカフェ、アート活動を行っている「ぷかぷか」は、同様の活動を行う「かれん」との交流があり、先月ギャラリーかれんで行われた「みどりの風2016」展では、「ぷかぷか」のアトリエで創作されている作品が「かれん」のメンバーの作品とともに展示されました。

今日の「余録」には、「ぷかぷか」のメンバーのことが紹介されています。売り上げ入金のために郵便局へ行くセノーさんと郵便局員とのやりとりや、計算の達人であるツジさんなど。閉店後のミーティングではメンバーは寝転がったり唄ったり。そんなメンバーに司会役のメンバーが「いい一日でしたか」と尋ねると書いています。

「ぷかぷか」のホームページではそんな「ぷかぷか」の各事業所でのメンバーの姿を伝える日記が公開されています。
http://pukapuka-pan.xsrv.jp/

「余録」でも触れられていますが、高崎さんは「ぷかぷか」のFacebookで「津久井やまゆり園」事件についてお書きです。事件の加害者の考え方はきわめて特異であるにしても、社会全体で障がいのこと、障がいのある人たちのことは十分に理解されていないと私も感じます。高崎さんは「ぷかぷか」での障がい者の日々をホームページやFacebookで伝え、障がいのある人もない人も街で一緒に生きて、街を、街の人々の心を、豊かにしていこうとされています。

らくらく市にも障がい福祉事業所や障がいのある人たちの生活を支えるグループが集まり、日常的に、そしてらくらく市の場で、街のなかで自然な形で障がい者への理解を深める活動をしています。「かれん」や、らくらく市参加団体ではありませんが、「いろえんぴつ」が開いている「えんや」などのお店でも、「余録」に書かれているセノーさん、ツジさんら高崎さんが紹介している「ぷかぷか」のメンバーと同じように、個性的なメンバーに会うことができます。

障がい、とくに知的障がいのある人たちと触れ合ったことのない人たちは、「障がい者」とひとくくりに「理解」しようとするように思います。それが「差別」の芽の一つではないか、と考えます。

参照:毎日新聞 2016年8月22日朝刊 「余録」
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