ワークショップ.ピリオド、港北地名を調べる会、ウエルパスが協力しています。
「ほんとにあるの? 菊名川?! 篠原城?!」
親子deまち歩き探検隊メンバー募集
菊名の不思議スポットを探そう!
(1)菊名川の上を歩こう!
12月9日(日)午前10時〜12時
集合場所:菊名池公園妙蓮寺寄プール側
(2)まぼろしの篠原城はどこにある?!
2008年1月19日(土)午前10時〜12時
集合場所:びーのびーの菊名ひろば(菊名西口商店街)
(3)まち歩きマップ/篠原城紹介パンフ作成者募集
●対象 小学生以上の子どもと保護者の方
●募集人員 (1)(2)は親子で各15組(30名) (3)は適宜
●申込み (1)(2)は予約制です。参加費一人50円(保険代金他)
くわしくは主催者にお問い合わせください。
(びーのびーの内事務局 電話045-540-7422)
*菊名WARA・びー実行委員会
新旧住民が連携して地域の課題を考え、とくに子どもの育ちを支える意味で若い子育て家庭に地域がどのように関わっていけるのかを考えています。
地域の講師(まち歩き、お茶、アート、ボードゲーム、将棋、科学実験)を招いて、親子が体験交流できる場作りをしています。
残りの地域は2009年度までに4丁目〜7丁目になるとのこと。
らくらく市参加団体では「アートかれん」の所在地が「大倉山1丁目」になります。
すでにアートかれんのホームページは新しい住居表示になっています。
ほかに、「なんでも舎ケアサービス」と「フューチャーズ・ランニングクラブ」が1丁目、「なんでも舎」と「びーのびーの」(法人事務局、「どろっぷ」)が3丁目になります。
当分は郵便などは旧住所を宛先にしても配達はされるでしょうが、それにしても看板や印刷物などの変更は面倒なことですね。
たしかに太尾町の地番は何番地が一体どこなのか、とても判りづらかったので、地番を整理するのはよいことかもしれませんが、何も町名まで変えることはないのに、と(この期に及んで!)思います。
おや? 町名が変更になった途端、お店が1軒閉店のよう...

1丁目のラーメン店「吉兆」さんです。
建築史家・建築家で建築探偵で、路上観察家でもある上、東大教授でもある藤森照信さんによる、「大倉山記念館」に関する蘊蓄と、吉田美穂記者による界隈ルポ。中川希美さんによるイラストマップも載っています。ルポもマップも大倉山駅西口側、エルム通りを中心にしたものです。
●誤解から生まれたギリシャ風のエルム通り?
藤森さんはおもしろいことをお書きです。
「現在、丘は大倉山といい、その駅は大倉山駅といい、その商店街は大倉山商店街というけれど、もとをただすと明治から続く日本橋の紙問屋の名前なのである」
大倉精神文化研究所をつくった大倉邦彦は、日本橋の紙問屋「大倉洋紙店」のオーナーでした。
「大倉さんは、神様、仏様のみならず、キリスト教、イスラム教、儒教など世界の宗教の統一と世界の調和を願っていたというが、その願い同様、大倉山の"構成"もなかなか気宇壮大で...(中略)...地下室には地球の中心点を示す、たしか"留魂碑"とかいう石標が立っていた。大倉山は実は地球だったのである」
記念館の建物は、ギリシャ様式に先行するプレ・ヘレニズムの様式。
「その設計をしたのは、長野宇平治(1867〜1937年)という大正、昭和戦前を代表するシブい建築家で、あれこれ悩んだ果てに、ギリシャ以前にたどりついたということ」
「かつて"地球"だったあたりは公園となり、商店街にはギリシャふうといえばいえなくもない列柱が並んでいる」「ギリシャ以前がギリシャに化けている」
「長野宇平治が目ざしたのは、ヨーロッパ文明の出発点であるギリシャのその前だったが、...私が本など書いたせいで誤解が生じたといえばいえる」
藤森さんは『建築探偵神出鬼没』(朝日新聞社 朝日文庫)など、何冊かの著書で大倉山記念館のことを書かれていますが、間違ったことをお書きでないのに、責任を感じていらっしゃるよう...
●町名変更は歴史的大変化?
吉田記者のルポはこういう書き出しです。
「もうすぐ大きな変化がこの街に起きるらしい」
言うまでもなく、町名変更です。吉田記者は、太尾町の名の由来もお書きです。
「かつて海岸線がこの辺りまで迫り、大倉山が岬のように突き出た様子が、動物の太い尾のようだったというのがその名の由来。昭和初期までは駅名も太尾駅だった」
このあと、「トツゼンベーカーズキッチン」「岩田屋酒店」「カヴァヌーラ」「ピオン」「わかば」といったお店や大倉山記念館の水曜コンサートや梅林のことなどを紹介し、最後にこうしめくくっています。
「今月19日から町名も『太尾町』から『大倉山』になるという。恐るべし、大倉山の浸透力」
ギリシャ風街並みも町名変更も、「誤解」から生まれたような感じですね... 恐るべきはそういうことでは?
今の時代、歴史の重み、その長さというものが大事にされていないのか。今さえよければいい、今のイメージが当座の利益につながればいい、という考えが多くないか。
エルム通りを産んだ商店街の皆さんを批判したくありませんし、むしろ街の顔をつくったアイデアと団結力には敬服していますが、町名変更には私はちょっと違和感があります。
隣町に住む者が口はさむことではないかもしれませんが、どうも落ち着かない。
(私はかつて10年間、太尾町に住んでいました)
私達が次代に誇りをもって伝えることはあるのだろうか、とまで考えてしまいます。
元来この土地と縁のない人がつくった「大倉山」がこの土地にわずか70年余りで「土着」してしまった。これまでの歴史と伝統を覆い隠すように。これまでの歴史が恥ずかしいものであったと言わんばかりに。
吉田記者は「歴史的な大変化」と書かれました。たしかにその通りだと思います。「大倉山」にお住まいの皆様、どう思われますか?
この『らくらくネットワーク』のウェブページは昨年2月以来更新しておりませんでしたが、少し内容を見直し、このたび更新いたしました。
あらためて過去の記事を見直してみると、5年余りの間に、らくらく市や参加団体をめぐるさまざまな動きがあったことがわかります。
とくに、心や交通の「バリアフリー」という言葉が、主要なキーワードになっているような気がします。
「参加団体ニュース」のページにも、『らくらくネットワーク』の各記事へのリンクを設けています。団体関係の記事を探すには「参加団体ニュース」が便利です。
『らくらくネット』は、編集人の事情で発行を休みましたが、それに代わるメディアとしてこのブログを運営しています。
ブログの方がはるかに簡便に、速く、多くの情報を流せるのですが、情報収集と記事作成の能力が追いついていませんね。
本日はのっぴきならぬ事情で仕事を休んで在宅中。
事情が事情で、ほとんど家から一歩も出られません...(病気ではありませんのでご心配なく)
というわけで、いろいろ「更新」しました。
【大倉山秋の芸術祭にワークショップ・ピリオドが参加】
・『菊名「川」物語 第1章』上映
・ビデオ撮影・編集・DVD作成のワークショップも開催
「映画をつくるワークショップ・ピリオド」は、港北区ふるさとサポート事業の助成を受けて昨年度から、かつて菊名を流れていた川(用水路)をめぐるドキュメンタリーをつくっています。
昨年度の取材やワークショップの活動をまとめた映像のDVDを作成しています。
●参照:DVD完成に関する記事
大倉山秋の芸術祭には初参加。
『菊名「川」物語 第1章』上映のほか、ビデオ撮影・編集・DVD作成の簡単なワークショップも開催します。
●日時 11月2日(金) 午後5時〜
●場所 大倉山記念館第4集会室
●参加無料
●参照 大倉山記念館ホームページ
